ここは串本、向いは大島・・・・と今は巡航船ならぬループ大橋で結ばれている。ここ、
紀伊大島にはトルコ軍艦遭難慰霊碑がある。
エルトゥールル号遭難事件である。1890年(明治23年)9月16日夜半、オスマン帝国
(その一部は現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号が現在の和歌山県串本町沖にある、
紀伊大島の樫野埼東方海上で遭難し500名以上の犠牲者を出した事件である。この当時
島民は島をあげて救助にあたった。この事件は、日本とトルコの友好関係の始まりと考
えられている。5年ごとに町と在日本トルコ大使館の共催による慰霊祭が現在も行わ
れている。
1985年(昭和60年)のイラン・イラク戦争における当時、イラクはイラン上空の航空機
に対する期限を定めた無差別攻撃宣言を行った。各国は期限までにイラン在住の国民を
軍用機や旅客機で救出したものの、日本は自衛隊の海外派遣不可の原則のために自衛隊機
による救援が出来なかったうえ、日本航空はイランとイラクによる航行安全の保証がされ
ない限り臨時便は出さないとし、在イラン邦人は危機的状況に陥った。野村豊イラン駐在
大使がトルコのビルレル駐在大使に窮状を訴えたところ、ビルレル大使は「わかりました。
ただちに本国に求め、救援機を派遣させましょう。トルコ人ならだれもが、エルトゥールル
号の遭難の際に受けた恩義を憶えており、派遣されたトルコ航空機によって215名の日本人
全員が救出され、トルコ経由で無事に帰国できた。
この逸話は、特に2002年(平成14年)のサッカー、2002 FIFAワールドカップでのサッカ
ートルコ代表チームの活躍を機として、盛んにテレビ番組や雑誌でも取り上げられた。
島の観光ルートにトルコ人が民芸品を販売している店がある。お目当てはトルコの伸びる
伸びるソフトクリームが宣伝文句の人寄せ商品。手つきも鮮やかにカップに納めていた。
あまり甘くなく、それでいて飴のような食感で観光客を結構引き寄せていた。
トルコ軍艦遭難慰霊碑

その他の慰霊碑


トルコ記念館

トルコソフトクリームを売るトルコ人

下の "クリサポ" 応援ぽち を ぽちっ とね
HAPPYチャンスで、3000円が当たるかも

じゃあまた
posted by せいちゃん at 15:53|
Comment(0)
|
日記
|

|